成年後見
成年後見制度とは?
私たちは普段、何気なく買物をしたり電車に乗ったりしています。
お店に入ってお弁当を買うにも、電車に乗るときに切符を買うにも、相手の示す額のお金を払うことで、契約にもとづく取引が行われています。
日常のごく当たり前の行為ですが、ここには、目に見えない"契約"という法律行為があります。
「このお弁当を売ってください。」
「では500円頂きます。」
「ありがとう。また来ます。」
お互いの意思表示の合致によって、売買という名の契約が成立するのです。
さて、こういった行為は、正常な判断に基づく意見(意思)を伝えること、そして受け取ることができる人同士で行われているのであれば何も問題はありません。
しかし、一方が日常生活に支障をきたす程、判断能力が減退している人だったらどうでしょうか?
契約を成立させるには、両当事者の意思の合致が必要不可欠です。
「このお弁当を売ってください。」
「では100万円頂きます。」
「じゃあいりません。」
ふつうのお弁当に100万円を出す人はいないでしょう。
意思が合致していないので契約不成立ですね。
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このように意思表示というのは法律行為を行ううえでとても大切なわけですが、その意思表示をした結果がどうなるか、その判断能力が衰えてしまうと対等な取引ができなくなり、大きな損害を被ってしまうことになります。 こういった方々を、社会は保護しなければなりません。
時折、新聞記事などで目に触れますが、一人暮らしの老人などを狙って強引に高い商品を売り付けるような悪徳商法が後を絶ちません。一人暮らしの寂しさに付け込んで、言葉巧みに何度も不要な商品を売りつけ、老後の貴重な蓄えを根こそぎ奪う行為は、とても許せません。
しかし、文句をつけてみたところで、相手もちゃんと契約書などを取り交しておくことが多いでしょうから「ここにサインがあるじゃないか!ちゃんと代金を払え!」と言われてしまうだけです。
こういった不都合を回避するために「成年後見制度」があります。
さきほどの例でも、ご老人が成年被後見人となっていれば、それだけで契約の取り消しをすることができるのです。
人間は哀しいかな、老いることによってどうしても正常な判断が出来にくくなります。身近な方が見て"どうもおかしい"と思うところがありましたら、成年後見制度の利用を検討してみてください。
日用品等の買物程度ならともかく、何百万円、何千万円もする取引になりますと正常な判断ができる人でも慎重に考えてから行動するはずです。
"慎重に考える"この部分を「成年後見制度」で選任された正常な判断能力をもつ人が補完してあげると考えればいいわけです。
言葉を換えれば、判断能力が十分でない方が不利益を被らないように、援助してくれる人を付けてもらうということです。
そのためには家庭裁判所に対して、援助してくれる人、すなわち成年後見人等の選任の申立をするのです。これが成年後見制度です。
成年後見制度には判断能力の減退の度合によって、三つの類型があります。
家族の判別がつかなくて回復の見込みがないなどの、重度の症状の場合は、後見開始の審判がされるでしょう。後見開始の審判を受けた人のことを、成年被後見人といいます。
後見人が付されると、日用品の購入などの日常生活に関する行為を除いて、後見人が本人を代理して法律行為をするようになります。後見人は正常な判断ができる人ですから、成年被後見人に一方的に不利な契約などがされてしまう危険がほとんどなくなります。
成年被後見人が、単独で財産上の法律行為を行った場合、成年後見人などがその法律行為を取り消すことができます。
物忘れがひどくて日常生活に支障が出るなど、成年被後見人より症状が軽度の場合は、鑑定結果によりますが保佐開始の審判で保佐人が付されることになります。保佐開始の審判を受けた人のことを、被保佐人といいます。
保佐人は、被保佐人の財産保護のため、被保佐人が多大な財産的損害を被るおそれのある重要な行為(不動産の売買など)について同意する権限や、同意なくなされた行為を取消す権限を持っています。
また、家庭裁判所が定める特定の法律行為について、本人の同意があれば、後見人と同じように代理する権限も認められます。
被保佐人よりもさらに症状が軽度の場合は、補助開始の審判で補助人が付されます。軽度の認知症や知的障害・精神障害などの場合です。補助開始の審判を受けた人のことを、被補助人といいます。
補助人は、被補助人の行う財産上の重要な行為の一部につき同意する権限を持ち、同意なく被補助人の行った特定の行為については取り消すことができるようになります。
Aさんは40歳の男性で、還暦を過ぎたお母さんと二人暮らしです。
日常的な諸事はお母さんが取り仕切っていました。
ある日、Aさんが勤めから戻ると、居間に高価な着物が数枚、どさっと置いてありました。Aさんがお母さんに尋ねると「よく分からないけど、さっき届いたの。」と言うのです。
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Aさん「お母さん。これ買ったの?」
お母さん「とってもいい人で、カタログを見せて、どれがいいですか?と言うからこれがいいって。」
Aさん「それから?」
お母さん「これもどうですかって言うので、いいわねって。」
Aさん「買うって言ったの?」
お母さん「どうだったかな?いいわねって言ったようには思うけど。」
Aさん「それで、判子押したの?」
お母さん「なんだか知らないけど、ここに判子をくださいっていうから、押したわ。」
Aさんがその書類を見ると、売買契約書と書かれていました。
Aさんは早速クーリングオフ制度を利用し、その売買契約を解除しました。
このように肝を冷やす出来事があったわけですが、思い起こしてみるとお母さんの行動について思い当たるふしがあることに気が付きました。
時々買物のおつりを貰うのを忘れたり、やかんに火をかけっぱなしにするということが最近多くなっていたのです。Aさんは、単なる老いからくるもので仕方ないことだと思っていましたが、今回のことで、このまま見過ごすわけにもいかないと思い、司法書士に相談することにしました。
司法書士からは、まず医師に障害の度合を診断してもらうことを勧められました。
お医者さんの診断の結果、お母さんは軽い認知症であるということが判りました。そのため、先日のように不必要な高額商品を訳も分からず買ってしまったりすることが今後もあるかもしれないと思い、あらためて司法書士に相談したところ、成年後見制度を利用することを勧められ、お母さんの同意を得てその申立を依頼することにしました。
依頼を受けた司法書士は、成年後見制度には障害の度合によって三つのパターンがあるということからAさんたちに説明しました。一つ目は重度の精神上の障害がある場合は後見人を選任して貰うということ、二つ目は精神上の障害が中度の場合は保佐人を選任して貰うということ、三つ目は精神上の障害が軽度の場合は補助人を選任して貰うということ。そしてお母さんのケースは補助人選任の申立が妥当であろうということでした。
司法書士の話を聞いて、Aさんは、日々の暮らしがいかに法律に基づいて行われているかについて、あらためて理解を深めました。
精神上の障害を負った弱者を救うため、国は成年後見制度というシステムを用意しました。そのシステムによって、お母さんの不十分な意思表示を補うための補助人が付され、悪徳業者からお母さんの暮らしと財産を守ることが出来るのです。それによってAさんも安心して、仕事に励むことが出来るようになったのです。
任意後見制度とは?
これまでに見た成年後見制度のほかにも、任意後見制度というものがあります。
任意後見制度は、ご本人が十分な判断能力を有している間に、将来自己の判断能力が不十分になったときに備え、後見人を事前に契約で決めておく制度です。
- 今は元気だけどいつ認知症になるか分からないから不安だな・・・
- 自分のことはできるだけ自分で決めていきたい。
後見制度への認識が高まるとともに、このような方の希望に応えられるようにできた制度です。
人は必ず"老い"と向き合わなければなりません。豊かで安心のある老後を過ごすためにも、後見制度を上手に活用したいものです。